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書き直しました。
昨日のを読んでしまった方には、本当に申し訳ない。
では、気を取り直してどうぞ。
僅かに開いたドアの隙間から漏れ出た明りが、廊下に佇む人影を浮き上がらせた。
明るい色の髪を肩の上で二つに結んだ、無口で何時も表情の乏しい少女、フェルトだ。
出来るだけ目立たぬようにと、ドアの影にピタリと背中を押しつけ、先程から中の様子を伺っている。
部屋の中では本人不在のまま、何処までも平行線な会話が繰り広げられていた。
「ですから、そのお話は…」
お断りしたはずです、とそれまで何とか平静を保っていた女将の視線が、あからさまな剣を含んだものに変わる。
たかが女一人が頑固に抵抗した所で、相手もそう簡単に引きはしない。
「あの子は…下働きです。店に出すつもりはありません」
「しかし、いずれは出すのだろう? そこいらの男相手に商売するより、私の所へ来た方が良い暮らしが出来ると思うがねぇ…」
足下から値踏みするような視線が這い上がり、ねちっこい不快感すら感じさせるような声音が背筋をゾッとさせた。
男は尚も身を乗り出しテーブルに片肘をつくと、ゆっくりと体重を移動させながら、一言一言意味あり気に強調する。
「私が、どれだけ待ち詫びていると思うんだ? あまり、甘く見ない方がいい」
暗に、これ以上いい返事が聞けないならこちらにも考えがある、と脅しをかけているとも取れる意味合いを含んでいた。
「それは…。ですが」
確かにこの人物はこの界隈では名の知れた権力者なのだが。
いかんせん、評判がよろしくない。
「こういった店で、野暮な真似はなさらないほうが賢明かと思いますわ」
女将も負けてはいない。
伊達に女の身で店を切り盛りしているわけではない。
舐められるわけにはいかないのだ。
ここは歓楽街、その筋の店が建ち並ぶ。誰もが現実を忘れ夢を買いにやって来る、一夜限りの仮初の町。
割り切れない客ほど厄介なものはない。
話にならない、とばかりに男は大袈裟に首を振ってみせた。
「貴方は、もっと賢い女性だと思ったが。私は決して気の長いほうではないよ」
これで最後だとばかりに、女将を睨み付けながら立ち上がる。
交渉は決裂したのだ。
思わず身構える彼女の脇から、それまで空気のように気配を殺していた人物が動き、有無を言わせぬ速さで男の腕を捩じり上げた。
男の顔が苦悶に歪む。
「貴方のご所望の女は、まだ見習いの子供です。他に買い手がいるわけでもありませんから、そういった年齢になってから、出直しください」
「なんだ、お前は?」
「こういった店では我を忘れてご無礼をなさる方もいらっしゃいますから、私はその用心に雇われております」
「用心棒か…それこそ無粋な」
最初からこの部屋にいたものの、口を挟む様子も感じさせなかったので全く眼中外だった人物に思わぬ横槍を入れられ、男は苦虫を噛み潰したように顔を顰める。
「どうぞ、お引き取りを」
物腰は柔らかく、声も言葉も丁寧だったが、片方だけ見えている瞳は鋭く刺すような輝きを放っていた。
咄嗟に自らの不利を悟った男は、慌てて身を翻すと捨て台詞を残し去って行く。
「アレルヤ、表に塩撒いといて!」
女将がその背中に向かって大声で吐き捨てる。
まったくもう、飲みなおさなきゃ、と独り言をブツブツ呟きながら男の後を追おうと一歩踏み出したアレルヤの脇を、店の奥へと向かって通り過ぎる。
アレルヤがそんな女将を横目に見やり、足早に店の外に出て来た時には例の男の姿はどこにもなかった。
目の前に広がる通りの風景は、ちょうど日が落ち始める頃、これからこの街の本領発揮だ。赤く色づいた照明が賑わいを見せ始める。
仕事に戻るため、再び今来た通路を戻ろうと踵を返したその時、片方の目の端にどこか違和感のあるモノが映る。
それは、直感。
一見遊び客を装った身なりをした、どう見ても隠し切れない一種独特の空気を纏う異質な存在。
物陰からこちらを窺っている。
素人ではない。
恐らく、同業者。
まさか。
自分を探しに来たのか?
握り締めた手の平にじんわりと汗が滲むのが分かる。
「おいおい、なんだなんだ。この店は男がお出迎えか」
その場の張り詰めた空気をぶち壊すかのように、明るく能天気な声が聞こえ、我に返ると気のいい兄貴分ロックオンがニヤニヤとした顔で入り口に立ち塞がっていた。
「今日はまた、随分と早い時間だね。まだ、お子様タイムだよ」
「ハハハ、そう言うなって。俺だってたまにはな...」
表向きはあくまで暢気な会話を交わす。
案内をしつつされつつ振りをした男は、お互い息がかかるほど近づいた瞬間、耳元で囁く。
「気づいてると思うが、あれ、お仲間だぞ」
「うん...」
「誰か、いるか、今中に...」
「いや、それらしい人物は」
いない。アレルヤはそう思っている。思いたいというのが本音だ。
あんな物騒な熱烈信望者を抱えるタイプの女は、うちの店にはいない。客にもいないだろう。
「それより例の…。今日の所は、一応穏便にお帰り願ったんだけど、女将が堪えちゃって...」
控えめな彼の語尾を濁すような言葉は、事態が深刻な方向に進んでいる事を教えていた。
「腕ぐらいへし折ってやればよかったのに、そんな輩は」
「まさか、そんな事はしないよ」
毒づくロックオンだが、あくまでも、この店の用心棒は争いは好まないようだ。
すっかり定着してしまったロックオンを部屋へと先導する案内役は、今日はフェルトの番らしい。
元々寡黙な少女が、ここ最近はロックオンを見ると少しずつ態度を和らげていたのに、今日は少々様子が違う。
黙ったまま俯いて歩き、顔を上げようとも振り返ることもしない。
「何か悩みでもあるか? 話くらいなら聞くぞ」
誰でも悩み事を打ち明けたくなるようなやんわりとした口調で、ロックオンは少女に声をかける。
聞いたところで自分は部外者。何が出来るわけでもないのだが。
頭を垂れたままの少女が、ボソリと口を開いた。
「私が行けば、女将にもこの店にも迷惑をかけなくてすむ…」
「行くって、何処にだよ?」
ロックオンは空とぼけ、僅かに困惑した表情を浮かべた。
少女は答えない。見下ろした肩が小刻み震えている。
頼りなくて愛おしくて、抱き寄せてもやりたいが、この子は自分とはそういった間柄でもない。
「困ったことがあるなら、出来るだけ力になってやりたいと思う。フェルトは俺にとっても、妹みたいなもんだしな」
自分との距離を言葉ではっきりと明言され、フェルトが敏感に反応する。
妹、という部分にたいしてか、それとも別の言葉にか。
女将がこの男に自分を押しつけようとした事は勿論知っている。男がキッパリ断った事も。
「どうした?」
尚も物分りの良いそぶりで言葉を重ねる男が憎いとさえ、思ってしまう。
...いっそ、優しい言葉なんてかけないで欲しかったのに…。
堪えきれなくなった大粒の涙が白い頬を伝い、床にボトボトと落ちた。
「おい…」
流石のロックオンも言葉を失った。
背を向けてその場から逃れるため走り出した小さな後ろ姿は、たった今この時をもって自分を拒否し切り捨てたのだ。
引き止める事も、声を掛けることすら出来なかった。
フェルトを傷つけてしまった日から、ロックオンを出迎えるのはティエリアだけの仕事になった。
女将も二度とその話題には触れてこない。
何時ものようにロックオンを部屋まで案内すると、ティエリアはさっさと奥に引っ込む…筈だった。
この日はなかなか立ち去る様子がない。
そればかりか、部屋に入ったロックオンに続いて、彼女は当然のように入って来る。
驚く彼の上着を脱がせ、手早く整えると、今度は他の女達と変わらぬ態度で隣りに寄添ってきた。
「君…」
「お姉様がたが出払っているので、私がお酒のお相手をするように、言われました」
紙に書かれた文章でも読む調子で、抑揚のない声が響く。
やられた。
女将に諮られたのだ。
フェルトを断ったから、今度はこっちを売り込んできたというわけか。
歯がみしたい気持ちを押さえ、ロックオンはティエリアに向き直る。
この子に罪はない。自分が何をさせられているのかも、わかっていないのだろう。
「私ではご不満なら、フェルトを呼んで来ます」
「いや、いい。君で…」
仕方ない。こうなったら、誰か代わりが来るまでこの子と酒を飲むしかない。
しかし本当に別の女が来るだろうか。
ロックオンと女将の付き合いはそこそこ長い。
彼女は家業の事は知らないが、何時までもふらふらしている自分に、常々口を酸っぱくして「そろそろ落ち着け」と言う。
いい子を探してあげるから、と。
それが、この女か。
こんな子供を。
ロックオンにその手の趣味はないというのは、女将だって承知してるだろうに。
馬鹿馬鹿しいやらおかしいやらで、笑いが込み上げてくるのを押さえ切れなかった。
一人で勝手に笑い出したロックオンを訝しがるように見上げてくる少女の、その物慣れぬ仕草があまりにも可愛いらしい。汚れ無さがいっそ清々しい。
あちらは泣かせてしまったが、果たしてこちらは。
そばにあったグラスを取り上げ、彼女の方へと大きく掲げる。
「酌、してくれんだろ?」
この上なく甘ったるい声と笑顔で誘えば、ティエリアは赤い宝石のような目を大きく見開いた。
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基本はロックオン×ティエリア、甘くはないです。
更新はマイペース。気長にのんびり、大きなお心でお付き合い頂けると嬉しいです。